朝日新聞朝刊2013~4年 冬~春 その1

「大学入試「人物本位の選抜に」 再生会議が提言」(http://www.asahi.com/articles/TKY201311010002.html)はAO入試との比較など紙面を割いて結構いろいろ書いてあるのですが、コネが蔓延するのではないかという視点は無し。一番重要と言える観点がごっそり欠落しています。

テレビ局があのような状態の時に、新聞社だけがクリーンとは思いません。きっと記事にしにくい内部事情もあるのでしょう。





「(ひと)木野正登さん 福島原発事故の汚染水対策官に就任した」(http://www.asahi.com/articles/TKY201311010634.html)と紹介されていますが、汚染水問題では、タンクをステンレス製にするのと溶接型にするのが急務であると認識されています。そのようなことを全く書かずに、いかにも仕事をしているような文章で埋めるとは、一体どういうことなのか。提灯持ちもいい加減にしてもらいたいものです。







「陛下に手紙、波紋 政治利用、絶えぬ議論」(http://www.asahi.com/articles/TKY201311010652.htm)では、問題全体をどれだけ正確に把握しているかはともかくとして、研究者の「善悪の判断は難しいが、正造が生きていたら同じ行動をしたと思う」という言葉は、重いといえるでしょう。普段原子力ムラといわれるような人々の反応が際立って強かったですが、福島に対する同等の思いをもって、はじめて議論をする資格を持つことができるのではないか。






「音楽著作権市場「1強」どうなる JASRAC「参入妨害」、高裁が判断」(http://www.asahi.com/articles/TKY201311010673.html)では「「現状では競争原理は働いていない」と指摘する。」と書かれていますが、ここの利権・硬直した状態もひどいものです。何とか改善できないものか。やはり最後は政治なのでしょうね。





「(耕論)廃炉という難問 大前研一さん、植田和弘さん、来馬克美さん」(http://www.asahi.com/articles/TKY201310290562.html)は三人中二人が原発推進派で、朝日の個性が良く出ています。

来馬さんの「推進派と、危険だからやめるという反対派。原発の議論はこの二極に分かれがちです。」というコメントは、推進派にとって、経済性がないからやめるという反対派や、最終処分場が無いので反対派、は無視するしかない存在であることがわかります。やはり打破すべき急所は「貧乏神話」ですよね。


大前研一氏のものは、「国が責任を持つべき」として、それ以外の責任を問わないもの。
続けては、再稼働か25~30パーゼントの節電かを国民に迫るもの。再エネは信頼できないと説明もなく切り、石炭火力などにも触れず。無理だと思ってて言っているだろう30パーゼントも、意外とすんなり達成できるかもしれませんよね。

こういう電波意見ばかりを述べる「識者」ばかり連れてくるというのは、いったいどういう見識なのか。




「復興予算1.3兆円「被災地と無関係」 検査院が認定」(http://www.asahi.com/articles/TKY201310310724.html)は本当に酷く、改まりません。これで政権を支持している人はおかしいと思います。



「(今こそ政治を話そう)「安倍さん」という気分 石田英敬さん」(http://www.asahi.com/shimen/articles/TKY201310170658.html)では「政権に取り込まれているとか、弱腰だとか、従来型のマスコミ批判をしているだけでは実相をつかめません。大きいのは私たちのメモリーの問題です」とし、ネットが新しい情報をもたらし古い情報が消去されていく、という持論を述べるのですが、私について言えば、普段なら忘れてしまうことが、ネットがあることで、いかに忘れないでいられるか痛感しているのですが。

まったく何も解決していないのに「従来型」と放擲するのは、いったいどのような見識なのでしょうか。こういうのは、意識的なり、無意識に、癒着しているのだと思います。




「東電の賠償業務、9割が無競争発注 計820億円分」(http://www.asahi.com/national/update/1017/TKY201310160677.html)も本当に酷い話ですが、それに比べて報道量は皆無に等しいです。


「核ゴミ処分のPR車売却へ 公費4億円、実働199日」(http://www.asahi.com/articles/TKY201311020640.html)も酷い。


「「介護施設を選挙事務所に」巧みな戦術、徳島に「王国」」(http://www.asahi.com/politics/update/1014/TKY201310140054.html)もひどい話です。








「「ナチスの悪、日本は理解を」 米のユダヤ人団体副代表 麻生氏発言、追及せず」(http://www.asahi.com/articles/TKY201311030353.html)はもはや全く報道されません。日本人が忘れやすいのではなくて、大手メディアが「追及」ということを全く放棄しているのだと思います。
鉢呂発言などとは比べ物にならず、非常に重い失言だ。何も責任を取らないで許してよいわけがないだろう。





12月2日の「豪放な親分の印象・西郷隆盛は“ストレス病”だった?」では、良く下痢をしていたことが書かれていますが、持病やその治療については書いておらず。フィラリアの後遺症という可能性はないんですかね?

そういった要素を書かないのは結構偏っているといえるのではないか。





「(特派員メモ)ヒツジも買えない @テヘラン」(http://www.asahi.com/articles/TKY201312020412.html)は白川文字学と関連付けられる民俗である、「彝(い)」(字統普及版25ページ)や「慶」と同じものであるといえるでしょう。世界遺産ものの番組や旅番組を観ていると、漢字に込められた民俗と同じもの・共通するものをインドや欧州、アフリカでも目にすることがあります。

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