原発事故、文化のせい? 国会報告書に海外から批判

「原発事故、文化のせい? 国会報告書に海外から批判」(http://www.asahi.com/national/update/0711/TKY201207110806.html)という記事が出ましたけど、丸山眞男・司馬遼太郎的なごまかしが国内ではいくらか通用しても、国際的にはまったく通用しないことが明らかになったということだと思います。戦前・戦中だってその部門部門で責任のある人はいるわけですから、そういう人達に責任を取らせてなお解明できなかった部分について、考察を深めればよかったのだと思うのですが、そういう手順を踏んでいなかったのではないでしょうか。

そしてそれは今回もまったく同じことなのです。

司馬遼太郎さんについては良く知っているんですけど、集団的何とかと言い出す前に当然言うべき、あの人は責任を取るべきだったとか、そういう話はしないんですよね。
そういう意味では日本の無責任体制の本質は、集団性云々にあるのではなく、集団性云々といって責任逃れをしてしまう(させてしまう論壇や)人がいることに起因していると思います。


私が普段から言っていますし、江戸時代の専門家の人もいっていますけど、日本固有の伝統は責任を取るということについて極めて優れており、無責任体制は明治以降の産物であることを基本知識として共有したいと思います。責任を取った後のすべての改善は、そこから始まる以外にないと思うのです。
https://iroironakizi.work/2010/11/03/51102435/

https://shakaitsuugan.work/2012/06/21/52808609/



「権威に従順な日本人の国民性が事故を拡大させた」ともありますが、この前も引用しましたように、特殊な葉隠を戦前に取り上げることで創作された国民性であることが明らかになっていますので、この表現は海外で非常に誤解を招くと思います。英語版にしか書いていない、ということについては、姑息と表現して良いのかも分かりませんが、論外だといえるでしょう。


統帥権がどうとかいう前にそういう事を洗い出して行くの必須ですし、統帥権に問題の焦点を当てると、戦後はないから大丈夫だ、という話しになって、戦争から正しい教訓を引き出すことができなかったのではないかと思うんですよね。
実際の問題は統帥権を道具として使って、日本を破局に導いた軍部の精神性であり、これが残っている限りは時代時代にそのときの仕組みを変形させて、同じような事をするんですよね。それが、皆様にもおなじみの現代の原子力ムラだと思うのです。



そして書いてはいませんけど、集団的に責任をうやむやにしてしまうことや、権威に従順なことは、日本の近世以前の習慣に求められると思っているのでしょうが、それは学問的に否定されているわけです。

文化のせいにするのはおかしいとありますけど、率直にいって、日本は明治以降、江戸時代を暗黒時代に仕立てて、調子のいいときだけそれの流れのせいにすることで責任逃れをしてきたんですよね。
実際は明治に江戸期は捨てたんですけどね。
現代ではそういった言い逃れが成り立たないだけの研究が分厚く蓄積されましたので、このような国会事故調の声明は時代錯誤であってナンセンスであると断言することが出来ます。


戦中の反省を主に、何か問題があると日本の特殊性、つまりは日本文化とその近世以前の歴史に責任を求めるということが続いてきましたが、例えば最近の、イギリスのライボー問題も、同じような相互監視の不備がありました。
アメリカにも原子力ムラはありますし、オスプレイ村の存在も指摘されています。リーマンショックにも同じような相互監視の不備があり、無責任体制までそっくりである、と指摘されています。

第二次大戦での日本軍の特異ともいえるような無能さ・無茶苦茶さも、第一次・第二次世界大戦の欧州での戦いの中で、意外と似たような例も見つけられるんですよね。

第一次世界大戦では「各国の軍隊は実戦を知らない指揮官だらけになり、空疎な貴族趣味や大げさな名誉欲、机上だけの戦術論といった形式主義に振り回されやすくなっていたのである。」(空の帝国 アメリカの20世紀 (興亡の世界史)生井 英考 (著) 70ページ)らしく、日本軍についてよく聞く話です。
「国民全体に根拠のない楽観論を垂れ流した」り(同71ページ)「世論誘導をきわめて積極的におこな」った(同78ページ)ということもあったり、金属供出とかも本来欧州の得意技なんですよね。この本の前後ですとか他の本を読んでいきますと、他にも符合することは沢山ありますが、今までの日本の戦争批判は国際的な比較を欠いて、無用な部分で特殊性を際立たせることで、本質的な反省を欠いてきたのではないかと思います。

海外のこういった状況や江戸時代との断絶、といったところをを考えると、こういったものは近代のマイナスであり、そこに焦点を絞った上で、克服するために智慧を絞るべきだと思います。



玉川総研には国会事故調の野村という人が出ていましたけど、「原発が停まっていれば安心という安全神話」を問題にしていましたけど、本質的な議論ではなく、しかもいかにも社会でいわれていない要素を掲げました、といった雰囲気がとても趣味が悪いと思います。
停まっていても動いていても同じ、といったようにしてしまうのはとても危険で、小出さんのコメントを踏まえても、断絶を設定するのが適当だろうと思います。小出さんのVTRが流れてかなり動揺していたように感じられ、これが最も権威ある事故調査委員会かと思うと、暗澹たる気持ちになるのを禁じ得ません。

いかに悟られないように原子力ムラ側に立つか苦心しているように観えました。

立花胡桃姉さんの、規制当局がちゃんとできていないのだから、動かすべきではない、という一言でおしまいだと思います。


NHKの7月13日の朝9時半の道徳ドキュメントですとか、戦争の特集をやっていて、悲惨な体験談とそれを聞いた子供の、何で戦争なんか、というコメントをやっていましたけど、やっぱり本質は、ここまで継続してしまったりしている愚かな決断と、戦後の責任について一番焦点を当てるべきであって、日常的にこのようなことについて話し合わないと戦争の真の反省は不可能だと思います。

やはり日本の戦争を振り返る教育には、本質に踏み込んでいない所があったのではないかと感じさせます。




文化庁の委員会は富岡製糸を世界文化遺産にしようとしているそうですが、ぐぐってみると労働環境は良かったと言う説と、それは世界遺産にするための宣伝で、実際は酷かった、という二つの情報が。

ここだけ周囲と違うというのはピンときませんし、民間に払い下げられてからは酷かったという話に説得力を感じるのですが、それをもとにいえば、当時の女工の話ですとか、美談にしてはいけないんですよね。NHKが坂の上の雲を放送したのと同じメンタリティで推薦されているのではないかと危惧するのです。

昔の人は大変だった~的な意味で教育的に使用されることもある「女工哀史」の話ですが、最近広く知られるようになった事を踏まえていえば、昔の日本人はとても勤勉だったとは言えないらしく、この話は特殊な時代の特殊な事例なんですよね。(「あゝ野麦峠」が流行った頃はちょうど「坂の上の雲」が流行った頃と重なっています。また歴史的に日本人が「勤勉」になったと指摘される頃であり、日本人は昔から勤勉だったという「神話」も同時に作られたのだと思います。)

明治に無理に富国強兵で突き進んだ為に、そのしわ寄せが当時の女性に行ってしまった、という話であって、どうしても推薦するというのなら、明治の歪んだ男性原理が招いた悲劇、という意味合いは一番に強調するべきところだと思います。


過去のこの物語の受容のされ方について言えば、いわゆる搾取されていたという江戸の農民像と結びつけて、連続性を強調しようとしていることも厄介で、それは現代では否定されている学説であるという事を改めて確認する必要があると思います。それに、江戸時代に近い明治初期の待遇はそれなりだった、という点ではどの文章を読んでも共通しているところなんですよね。

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